学校における体罰に関する一考察


―教育学部学生の体罰体験と体罰意識調査をもとに―


A Study of Corporal Punishment in the School:An Inquiry of Students in the College of Education Relating to their Experience and Cognition of Corporal Punishment


安藤 房治*
                 Fusaji ANDO
                 小菅 ゆみ **
   Yumi KOSUGE
* 弘前大学教育学部心身障害学科教室
         Department of Education for Hnadicapped Children,Faculty of Education, Hirosaki University
** 埼玉大学大学院
        Graduate School of Education,Saitama University

論文要旨

 本研究では、将来教員になる可能性の高い教育学部学生を対象に、体罰に関するアンケート調査を実施した。調査内容の一つは、学生たちが小学校、中学校、高等学校において体験した体罰の内容であり、いま一つは体験した体罰への意識および意見である。
 体罰体験調査では、8割以上が体験し、経験の最も多い時期は中学生時代であり、体罰を受けた場所は教室が最も多かったことが分かった。また、体罰教師は「男の先生」に多く、体罰の内容では、「平手でたたく」「ゲンコツでなぐる」などをトップに身体的苦痛を伴う様々な体罰を体験していることが明白となった。体罰体験に対する意識では、教師に対する反感と、精神的苦痛意識を残している学生が大半であった。しかし、体罰そのものに対する賛否の意見分布では反対がおよそ6割あったものの賛成が4割近くあった。

はじめに
我が国では学校における体罰は、明治12年の教育令以来禁止されてきた。現在もなお学校教育法第11条によって次のように禁止されている。
「第11条 校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、監督庁の定めるところにより、 学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。但し、体罰を加えることはできない。」
 さらに、昭和23年に法務庁(当時)が発表した「児童懲戒権の限界について」(昭23・12・22 調査2発第18号 法務庁法務調査意見長官通達)や、昭和24年の「生徒に対する体罰禁止に関する教師の心得」(昭和24・8・2法務府発表)では体罰のガイドライン的なものが示されている。とはいえ、体罰に相当するかどうかは、肉体的苦痛を伴うものであるかどうかという、体罰を受けた側の主観がかなり働くものであるので、第三者による判定は難しいのも事実である。そこで教師としての専門的な能力というものが期待されるのではないだろうか。
1993年10月、「暴力をふるうような先生と一緒にいたくありません。これ以上犠牲者を出したくありません。」という遺書を残し、一人の少年が教師による体罰を苦に自殺をした。自殺に追い込むほどの体罰が、専門的な能力をもっているはずの教師によって行われたのである。過去にもこのような体罰事件報道がいくつもある。体罰禁止は100年以上の歴史をもつにもかかわらず、教育現場では体罰が横行しているのが実情である。そしてまた、体罰に関するいくつかの調査結果を見ると、教師と親との間で体罰に対する認識のズレがあるまま、それぞれに体罰を容認していることがわかる。つまり、親が体罰を社会意識的に肯定しているの対し、教師は法概念としての体罰に関する法意識をもっていながら一部では体罰を容認しているといった具合である。このことが体罰横行を招く一つの原因にもなっていると言えるだろう。  今回筆者らは、将来教員になる可能性のある教育学部の学生を対象に、体罰に関するアンケート調査をしてみた。教育学部の学生は学年が上がるにつれて講義の中で体罰法禁について知る機会が増えてくる。今回の調査は、主に2、3年生を対象としたアンケート調査であったが半数以上の学生が体罰法禁の知識があった。こうしたこともふまえ、今回の調査では学生の体罰体験や体罰に関する意見を知り、体罰の実態を明らかにすると同時に、体罰を支える意識構についても考察する。
1.調査の対象と方法
(1)調査の期間
     1993年11月〜12月
(2)調査の対象者
     弘前大学教育学部学生2〜4年生全学生数1196名中563名(47.1%)男子学生563名    中194名(34.5%)女子学生563名中369名(65.5%) (表1参照)
(3)調査方法
    講義開始前あるいは終了後の数十分を使い、「体罰に関するアンケート調査」を学    生に配布し、無記名で回答用紙に記入してもらった。なお、調査用紙には、体罰に関    して次の説明を付記した。
     「本調査で体罰とは、1)学校教育における教師−児童・生徒関係を前提に、教師が      教育的意図をもって行う懲戒行為のうち、生徒に直接・間接に身体的苦痛を与え      る行為、2)殴る・蹴るの類いが該当するほか、正座・直立等、特定の姿勢を長時      間にわたって保持させるという肉体的苦痛を伴うものをいう。」
(4)調査項目
  《体罰体験について》
    1.体罰体験の有無 2.体罰体験時期 3.体罰体験場所 4.体罰を加えた主体 5.体罰理由 6.体罰体験時の感想 7.精神的苦痛体験の有無 8.精神的苦痛体験時 期 9.精神的苦痛の内容 10.精神的苦痛体験時の感想
《体罰に関する意見》
1.体罰に関する意見
(A 絶対賛成 B ある程度なら賛成 C 絶対反対 D どちらかというと反対  E 分からない、考えたことがない のいずれかを選択。同時にBを選択した対象 者には、どういう場合に、どの程度で、条件は何かを聞いている。
    2.体罰賛成理由(A、B選択対象者)
  3.体罰反対理由(C、D選択対象者)
  4.学校教育法第11条を知っているかどうか
  5.学教法11条をどうしたらよいと思うか
  (A このままでよい B 改正して体罰を認めるようにする C 改正して体罰を一 層認めないようにする のどれかを選択する
    6.もし教師になった場合の体罰について
※《体罰体験について》9以外はすべて選択肢を設けた。さらに、《体罰体験につ       いて》問1、4、7、《体罰に関する意見》1、2、4、5、6は一つ選択、       《体罰に関する意見》3は2つ選択、それ以外はすべて複数選択可とした。
※アンケート作成は主に、前島康男1986学生の体罰体験と体罰意識に関する調査研 究熊本大学教養部紀要人文・社会科学編第21号P1〜33を参考した。
2.結果と考察
1)体罰体験について
 @体罰体験の有無
 図1より、全体で8割以上(81.5%)の学生が体罰を受けた経験があると答えている。また男女別で見てみても、男子の方がやや多め(85.1%)ではあるが、女子も体罰を受けた経験のあるものがかなり高い割合(79.2%)でいることがわかる。愛媛大学教育学部の学生を対象とした同じような調査でも、ほぼ同じ割合の結果となっており、体罰がかなり行われていることがわかる。
 A体罰体験の時期
 学生の体罰体験の時期は、図2を見てわかるように、全体としては「中学校」が最も多くて34.7%、次いで「小学校高学年」32.7%、「小学校低学年」、「高校」の順になっている。「小学校高学年」と「中学校」で多くなっているのは第2次反抗期と重なり、大人に対して反抗するということと体罰とが関連しているようにも思う。
 男女別では順番としては全体と変わらないものの、男子が「小学校低学年」で20.2%、「高校」で15.5%となっており、いずれの時期においても体罰を受けていたようである。一方女子は「中学校」で39.9%と最も多く、「高校」になると8.4%に激減しており、男女の違いが表れている点と言えるだろう。
 B体罰を受けた場所
 図3より、体罰を受けた場所は「教室」が最も多く43.8%となっている。次いで「体育館」「廊下」「職員室」「運動場」となっている。「校長室」というのもほんのわずかながらある。「その他」で多く挙げられていたのが「修学旅行先」や「野外活動先」「生徒指導室」等である。「修学旅行先」や「野外活動先」で行われるというのは、全体の秩序維持ということではないだろうか。男女別で見ると、男子が「教室」35.9%に対し、女子が50.2%で15%近く上回っている。「体育館」「廊下」でも男女とも大体同じくらいの比率(「体育館」男子16.8%女子16.1%、「廊下」男子16%女子14.6%)を示している。ところが男子は、さらにそれ以外の場所でも比較的多く体罰を受けている。
 C体罰をした教師
 まず[性別]で見てみると、図4-1より全体では8割近くが「男の先生」である。「女の先生」は22.9%と低い。
   男女別では男子は86.4%、女子は72.2%が「男の先生」によるものである。ところが、女子の場合、「女の先生」から体罰を受けている割合が男子よりも多いことに気づく。男子に対しては13.6%、女子に対しては27.8%で2倍近い。「女の先生」に限らず、同性の児童・生徒には厳しく、異性の児童・生徒には比較的手加減をしているのであろうか。
     次に[年齢]を見てみると図4-2より、男女の先生を問わず全体では「40代」が40.7%と最も多く、次いで「30代」が34.8%、「20代」「50代」の順になっている。「20代」の先生は意外に少なかったように思う。男女の先生別で見ても「20代」の先生には差がほとんど見られない。
男の先生、女の先生のどちらも、順番は全体でみたものと変わりないが、男の先生の場合、「40代」「30代」がほぼ同じくらいの割合でそれぞれ39.8%と39.1%となっている。女の先生の場合は、「40代」が最も多く43.3%、「30代」「50代」がほぼ同じくらいの割合でそれぞれ21.9%と19.6%である。
   つづいて[仕事内容]で見てみることにする。図4-3より、やはり「担任の先生」が最も多い。男女の先生を問わず全体では、「担任の先生」が58.7%、次いで「部活やクラブの顧問の先生」「体育以外の教科の先生」「体育の先生」の順になっている。
 男女の先生別では、女の先生の場合「担任の先生」が75.3%と最も多く、他の先生によるものはすべて10%を満たないのに対し、男の先生は「担任の先生」が53.8%と最多ではあるものの、「部活やクラブの顧問の先生」「体育以外の教科の先生」「体育の先生」「生徒指導の先生」等様々な先生によって体罰が行われていると言える。
 D体罰理由
 なぜ体罰を受けたのか、その理由は図5を見てみると、全体では「宿題忘れ・忘れ物」が最も多く23.4%である。次いで3%の違いで「授業中の私語・騒ぎ」20.4%、「遅刻、授業・掃除等のさぼり」12.7%、「その他」11%、「部活やクラブできたえられるとき」10%、「校則違反」9.7%、「先生への反抗」7.7%、「他の児童・生徒をいじめた」3%、「器物破損」2.8%の順になっている。「その他」で挙げられたもので多かったのが、「成績不良」や「問題ができない・間違えた」「連帯責任として」「班長やクラスの代表が責任をとるために」「先生の勘違い」「先生の機嫌が悪くて」等である。また、「理由が分からない」というものもあった。
 こうしてみると、全体の秩序維持のための体罰ということが共通して言える。また、「その他」で挙げられた「成績不良」や「問題ができない・間違えた」などということは、授業をしていく上で当然生じることである。こうしたことに対しても体罰が行われているということは、かなり体罰が日常的なものになったいるということなのだろうか。
 男女別で見てみると、男子は「授業中の私語・騒ぎ」が最も多くて22.5%、次いで「宿題忘れ・忘れ物」17.9%、以下「他の児童・生徒をいじめた」3.7%の他は大体10%前後となっている。女子の場合は、「宿題忘れ・忘れ物」が最多で27.3%、「授業中の私語・騒ぎ」19%、「器物破損」はほとんどなく、「他の児童・生徒をいじめた」が2.4%の他は全体的に男子よりも割合は低い。それでも大体10%前後である。
 全体を通して学校生活のあらゆる場面で体罰が行われていると言えそうだ。
 E体罰の種類
 どのような体罰かというのは図6を見ると、全体では「平手でたたく」21.1%をトップに「ゲンコツで殴る」18.6%、「物や道具でたたく」17.8%、「廊下・教室に座らせる」16.1%、「廊下・教室に立たせる」10.1%の順になっており、これらは比較的高い割合である。以下「足で蹴る」「児童・生徒同士で頭をぶつけ合う等」「校庭を走らせる」は4%〜3%台となっている。
 これを男女別で見ると、順番は全体の傾向とほとんど変わらず、男子:女子で比較すると、「平手でたたく」20.7%:21.6%、「ゲンコツで殴る」19%:18.3%、「物や道具でたたく」17.3%:18.1%等のようになっており男女差はほとんどない。
「その他」の中で、多かったのは「もみあげや耳、髪をひっぱる」「竹刀や木刀でたたく」「顔・お尻・ほおをつねる」「髪を切る」等である。他には、「給食抜き」「10時間監禁」「真冬に海で10km水泳」「真冬に朝4時に裸足で10kmマラソン」「水を張った洗面器の中に顔を入れる」等のように、生命にかかわるようなものもあれば、「女子生徒の前でパンツを下げる」とか「みんなの前で唇に洗濯挟みを挟まれた」「油性ペンでほおに○△×と書かれた」等のような人格を傷つけるような辱めの体罰まである。ひとくちに体罰と言ってもこれだけ幅広いのである。
 F体罰を受けたときの感想
 体罰を受けたときどのように思ったか、ということについて図7を見てみると、全体では、「頭にきた、悔しかった」が最も多く19.8%、次いで「悪かったと反省した」14.4%、「恥ずかしかった」12%、「先生が嫌いになった」10.4%等と続いている。複数選択可ということで一見矛盾しているように思える回答もあったが、理由を書いてくれた人もいるのでそれによると、体罰を受けた直後は頭にくるのだがしばらくすると納得し、反省したのだという。しかしいづれにせよ、「励みになった」とか「先生の熱意を感じた」、あるいは「先生への信頼感が生まれた」というようなどちらかというと体罰に対するプラスイメージの回答は、かなり低い比率である。
 男女別で見ると、男子では「頭にきた、悔しかった」17.1%、「悪かったと反省した」16.6%が目立っており、ほぼ同じくらいの比率でもある。女子は「頭にきた、悔しかった」21.6%が最も多く、「恥ずかしかった」14.2%、「悪かったと反省した」13%と続いている。「反省した、納得した」、「励みになった」、「熱意を感じた」、「信頼感が生まれた」等では男子の方が上回っているのに対し、反発感や体罰を受けたことによるダメージといったものでは女子の方が上回っていることが、図7に顕著に表れている。 
 「その他」に挙げられた中で多かったのが「痛かった」というものだが、中には「自殺をしようかと考えた」という非常に深刻なものまであった。しかし逆に、「殺す計画を立てた」などという恐ろしいものもあった。子どもにこのような恐ろしいことを考えさせてしまう体罰が実際に行われたということである。また、教育学部の学生だけあって「こんな先生にはなるまいと思った」というものもあった。
 G精神的苦痛体験の有無
 体罰以外に記憶に残るようなひどい言葉や扱いを受けたことをここでは“精神的苦痛”とした。これは体罰以上に受けた側の主観が入るものであるから、第三者による判断はさらに難しい。しかし、人間的に屈辱感を与えることはもともと懲戒とは言えない。子供の人権の保障ということを考えた場合、この原則に反する行為はたとえ明文化されていないとしても違法となるべきではないだろうか。一般に体罰はこうした人格権の侵害と重ね合わせて行われがちである。6)体罰の種類のところで実際にあったように、人格を傷つけるような辱めの体罰はまさにそのよい例と言えるだろう。ここでは改めて、体罰以上に表面化しにくい“精神的苦痛”に的を当ててみることにした。
 図8を見ると、全体では約3割の対象者が精神的苦痛体験があると答えている。中には体罰体験はないが精神的苦痛体験はあるという対象者もいた。
 男女別では、男子23.7%、女子33.5%の対象者が精神的苦痛体験があると答えており、女子の方が10%ほど多い。女子の方が精神的にダメージを受けやすいと言えそうである。
 H精神的苦痛体験の時期
 図9を見ると、精神的苦痛を受けたのはほぼ体罰体験の時期と同じであることに気づく。全体では、「中学校」の41.5%をトップに「小学校高学年」29.8%、「小学校低学年」17.6%、「高校」11.2%の順になっている。男女別でも順番は全体の傾向と変わりないが、体罰体験の時期では、男子と女子とでは、高校のときに受けたのは男子の方が多かったのに対し、精神的苦痛体験では女子の方が高校で受けている割合が高くなっている。また別の見方をすれば、男子は精神的苦痛は中学校で多く受けているという見方もできるだろう。そして、女子はいずれの時期においても精神的苦痛をよく受けていると言える。
 I精神的苦痛の内容
 どのような言葉や扱いであったのかそのときの状況も踏まえて具体的に書いてもらった。内容は様々であったが、書かれたものをできるだけ忠実に紙面の許す限り書き出してみることにする。
 ◆算数の時間に問題を答えることができずにいたら、「ぼやすけ」と言われた。子ども心に  キズついた覚えがある。
 ◆算数の課題ができなくて他の生徒の迷惑だから帰れと言われた。たしかバカは帰れと言わ  れた。
 ◆悪気はなかったが、先生の思いに反する行動をしてしまった時に「バカッ子」と言われた。
 ◆教室で騒いだり忘れ物をしたとき「バカ」などそういう類いの言葉を言われた。
 ◆児童一人一人を点数付けしたものを毎日の学級新聞に掲載された。
 ◆算数の問題でミスしたとき「植物以下ですね」と言われた。
 ◆「お前は人間じゃない」と言われた。
 ◆正座させられ「人間のクズだ」と言われた。
 ◆私のことを嫌っている先生が、私に触れて「汚らわしい」と言い、みんなに責められた。
  その先生は誤りもせず「お前は汚らしいのだ」と平気で言った。その先生は国語の先生で  学年長だった。
◆忘れ物をしたときクラス中にわかるようにプラカードを下げて歩かされる。
◆友達の財布がなくなったとき犯人扱いされた。
 ◆「あなたを嫌いだと思っている先生はほかにもたくさんいるのよ」と、家庭科の時間指示 に従わなかったため言われた。
 ◆先生が級友を「お前みたいな奴は大嫌いだよ」と叱ったので、そんな叱り方はないと思い、 学級ノートに「先生が生徒を嫌いだなんて言っていいのだろうか」と書いたところ、「何 も分かってないくせに・・・。生っちょろい優しさを出す奴も嫌いだ」と言われた。
◆身体測定の結果で体重の増加が他の子どもよりも著しく、そのことをクラスみんなの前で 公表されてしまった。
 ◆平均身長・体重の話で標準でない人の例として立たされた。
 ◆内申書のことをほのめかされた。
 ◆学活の時間に教室で内申書の説明を聞いているときに、名指しで「お前みたいに何の特徴 もない奴は本当に書きにくい」と言われた。
◆中3のとき掃除をさぼっていたら「そんなので高校に受かると思うか、落ちるぞ」と言わ れた。
 ◆社会の時間問題の答えが分からなかったとき、「そんなのもわからないんじゃ、志望校に は行けないぞ、ランク下げろ」とみんなの前で言われた。
◆試験の結果が悪かったとき、試験の結果だけでその人間の価値が決まるというようなこと を言われた。また、少し失敗しただけで「試験で満点とってもお前はそんなんじゃだめだ」 と言われた。 ◆テストの点を他の生徒に分かるような言葉で言われた。
 ◆テストの点数が悪かったとき、クラスのみんなの前で「頭の中見てやろうか」とのこぎり をもって言われたり、「校内放送で点数を流してやろうか」と言われた。
◆ほおずりをしてきたり、後ろから抱きついてきたり、胸を触られたりした。どれも意図的 だった。また、「ぶん殴るぞ」等暴言を吐かれたこともある。
◆廊下で会えば友達といても一人呼び止めて抱きついてきたり、長期休みに一人で図書館で 勉強していると寄って来て髪をいじったり、その先生と2人になったとき他の先生が来た ので出て行こうとしたら、「後で一人になったときおいで」と言われたり、数え上げたら きりがない。
 ◆小6のとき、身体検査で下着1枚にされたので胸を隠したら、その手を振りほどかれて触 られた。
◆担任の先生に「おまえたちみたいな生徒の集団を受け持ちたくはなかった、クラス替えの 時からもうやる気を失ってしまった」と言われた。
◆授業中誰かが怒られていたときに、いつもの事なので気にせず鉛筆をいじっていたら「点 取り虫女、お前は俺やみんなをばかにしているのか、どっかいっちまえ」と言われた。今 でもうなされる。
◆名前をもじってクラス中の笑い者にされた。
 以上28例、全体の傾向がある程度つかめるようなものを書き出してみた。この他書き尽くせない、書いたくない、あるいは内容は忘れたがショックを受けたことだけは覚えているといったものもあった。ここに書き出していないものも含め、すべてに共通して言えることは、児童・生徒の人格を無視した言葉であり、扱いであるということではないだろうか。 
 J精神的苦痛を受けたときの感想
 精神的苦痛を受けたとき、どのように思ったかということについて、図11を見てみると全体では、「頭にきた、悔しかった」26.8%が最も多く、次いで「先生が嫌いになった」17.8%、「悲しかった」11.8%、「やり過ぎ(言い過ぎ)だと思った」11.4%、「恥ずかしかった」10%という具合である。
男女別では、まず男子の場合、「頭にきた、悔しかった」26.4%をトップに「先生が嫌いになった」14.7%、「やり過ぎ(言い過ぎ)だと思った」14%、「悲しかった」10.9%、「いつか仕返ししてやると思った」10.9%となっている。女子の場合は、「頭にきた、悔しかった」26.9%がやはりトップで、「先生が嫌いになった」19%、「悲しかった」12.2%、「恥ずかしかった」と「やり過ぎ(言い過ぎ)だと思った」が同率で10.5%というようになっている。  全体で見ても男女別で見ても、体罰を受けたときにどのように思ったかというのと大きな違いがあることがわかる。反省したり納得したり、あるいは励みになったり先生の熱意を感じたり、信頼感が生まれたりすることはなく、教師に対する反感と痛手がその大勢を占めている。また、「その他」を見てみると、「学校に行くのが怖くなった」というものから「死んでしまえと思った」「殺してやろうと思った」というものまであった。体罰を受けたときの感想の「その他」でもこれらと同じようなものがあったが、教師の言葉や扱いが、このように恐ろしい感情を子どもの内から生じさせてしまう。その一方で、「こんな人にはなるまいと思った」とか、「こんな先生を減らすためにも自分はこんなことはしない先生になろうと思った」「教師は公平が原則なのにそれができないのなら教師をやる資格はないと思った」というように教師のことを冷静に見ているものもあった。
2)体罰に関する意見
 @体罰に関する意見
 体罰に関する意見は、図11のように全体的には、「どちらかというと反対」42.5%、「ある程度なら賛成」36.5%、「絶対反対」16.6%、「わからない・考えたことがない」3.6%、「絶対賛成」0.8%となっている。これを賛成か反対かに2分してみると、賛成37.3%:反対59.1%で、反対意見の方が多い。
 男女別では、図11を見るとかなりの男女差があることがよくわかる。まず男子の場合、「ある程度なら賛成」55.9%、「どちらかというと反対」26.1%、「絶対反対」13.3%、「絶対賛成」1.6%、「わからない・考えたことがない」3.2%で、これも賛成か反対かに2分してみると、賛成57.5%:反対39.4%となる。男子では賛成意見が多いようだ。女子の場合は、「どちらかというと反対」51.6%、「ある程度なら賛成」25.8%、「絶対反対」18.5%、「わからない・考えたことがない」3.8%、「絶対賛成」0.3%となる。これも賛成か反対かに2分してみると、賛成26.1%:反対70.1%である。女子では反対意見が占めている。つまり、男子と女子とでは賛成意見と反対意見が全く逆転しているということだ。
 さらにここでは、学年別でも表してみた。ただ、4年生は対象人数が少ないため、傾向をつかむと言っても正確さを欠くかも知れない。一応そのことを念頭に置きながら見ていくことにする。
 図11の学年別部分を見ると、学年が下がるにつれて賛成意見が減り、反対意見が増えているということがよくわかる。4年生では「絶対賛成」0%、これは対象人数が最初から少ないこともあるだろう。「ある程度なら賛成」が最多で52.6%、「絶対反対」15.8%、「どちらかというと反対」26.3%、「わからない・考えたことがない」5.3%となっている。3年生では「絶対賛成」0.8%、「ある程度なら賛成」41.0%で最多であるが「どちらかというと反対」とはほとんど差はなく、「絶対反対」16.1%、「どちらかというと反対」39.5%、「わからない・考えたことがない」2.7%という具合である。2年生では「絶対賛成」0.9%、「ある程度なら賛成」28.7%、「絶対反対」17.4%、「どちらかというと反対」が最多で48.7%、「わからない・考えたことがない」4.3%となっている。
 A体罰を行う場合・程度・条件
 体罰賛成意見(絶対賛成、ある程度なら賛成)は全体では37.3%である。しかし、その9割以上がある程度なら賛成というものであって、全面的に賛成というわけではない。それならば、どういう場合に、どの程度で、どのような条件の下であれば賛成と考えているのだろうか。「ある程度なら賛成」と答えた対象者に、体罰を行う場合・程度・条件について聞いてみた。図12-1〜図12-3はそれを表したものである。
 a.体罰を行う場合
 図12-1を見てみると、全体では「教師が判断して必要と思う場合」36.5%が最も多く、次いで「子どものためになる場合」21.9%、「言葉で言っても分からない場合」14.8%、「何か悪いことをした場合」12%、「子どもを教育する必要がある場合」10.9%、そして「子どもが反抗した場合」0.8%となっている。最初の2つや「子どもを教育する必要がある場合」などは、教師の主観的判断で体罰を行うという考え方ではないだろうか。また、「言葉で言っても分からない場合」や「何か悪いことをした場合」などは、自分の実体験に基づく考え方とも思われる。
 その他で挙げられたものには次のようなものがあった。「言葉で言っても行動で示しても分からない場合」「体を使うことでインパクトになる場合。しかし、罰と言えるものはよくないと思う」「人としてあるべき姿に反した場合」「生徒に殴られた場合」など。  男女別では、男子と女子の違いが、「言葉で言っても分からない場合」と「何か悪いことをした場合」とに表れている。前者では男子の比率が多く、後者では女子の比率が多くなっている。
 b.体罰の程度
図12-2を見ると、体罰の程度は全体としては、「ケース・バイ・ケースで」が最も多く34.7%であるが、これはかなりあいまいなものだ。次いでそれほど差はなく、「最低限・できるだけ軽く」33.9%、「平手やゲンコツで一発程度」16.5%のようになっている。また、「ケガをしない、後遺症が残らない程度」と「行為の悪さに応じて」は大体同率で5.5%と5.8%になっている。
 男女別では、かなりばらつきが見られる。まず男子では、「ケース・バイ・ケースで」35.2%、「平手やゲンコツで一発程度」21.2%、「最低限・できるだけ軽く」20.6%という具合になっているが、「ケガをしない・後遺症が残らない程度」が比較的多くて10.3%いる。この程度の体罰になると相当危険なものなのではないだろうか。さらに、男子では「死なない程度」というのが2.4%いることに注目しなければならないだろう。
 女子の場合は、「最低限・できるだけ軽く」が最も多く44.9%、次いで「ケース・バイ・ケースで」34.3%、「平手やゲンコツで一発程度」12.6%のようになっている。女子は比較的軽度の体罰を考えているようである。
 c.体罰の条件
 体罰を行う場合の条件としては図12-3を見ると、多岐にわたっていることがわかる。まず、10%以上を占めているものについて全体で見てみることにする。最も多いのが「きちんと理由をわからせた上で」21.7%、次いで「信頼関係があれば」19%、「感情に走らず冷静であれば」15.4%、さらに、「子どもの立場に立った上で」11.8%、「愛情があれば」10.2%などとつづく。本来、きちんと理由をわからせた上であれば体罰の必要はないように思う。また、同様に信頼関係が成り立っているのならしかりである。「感情に走らず冷静であれば」とか、「子どもの立場に立った上で」、「愛情があれば」等は教師の主観的条件によるものと考えられる。
   男女別で見てみると、「体罰をする側に覚悟と自信があれば」と「教師が結果に責任をもてれば」の2つでは、男子が女子を上回っている。また、「信頼関係があれば」や「愛情があれば」では、女子の方が男子を上回る結果になっている。他は、ほとんど1%前後の差があるかないかという程度のものである。
 B体罰賛成理由
 体罰賛成理由は、図13を見ると、全体では、「してはいけないことを教えるため」31.4%、「最終手段として用いる」20.9%、この2つだけで過半数を占めており、次いで「子どもは体で覚え(学ば)させることもある」16.9%等がつづいている。「甘やかすとつけあがるのでけじめ・厳しさが必要」8.7%以降になると、割合としては減少するものの一定数はいる。また、体罰を用いる理由としてよく言われる「非行・校内暴力対策として」というのは、比較的少ない(4.7%)といえるだろう。
 「その他」には次のようなものが挙げられた。中には体罰の程度や条件などと重なるようなものもあった。「なぜ罰を受けることになったのかきちんと子どもが認識できる程度の罰を与えるのなら」「体罰でなければ教えられないこともある」「ある程度の規律を守るため」「本当に怒っていることを悟らせるため」「悪いことをして正座をさせるくらいなら、恥ずかしくてもうしなくなると思うのでその程度なら」等。  男女別ではその違いが顕著である。男子では「してはいけないことを教えるため」32.5%と「最終手段として用いる」29.9%で過半数を越えており、「子どもは体で覚え(学ば)させることもある」11.7%の他は、すべて10%に満たない。一方、女子の場合は、「してはいけないことを教えるため」30.5%が最も多く、次いで「子どもは体で覚え(学ば)させることもある」21.1%になっており、この2つで過半数を越えている。そしてこの後に「最終手段として用いる」13.7%、「甘やかすとつけあがるのでけじめ・厳しさが必要」10.5%となって10%代がつづいている。さらに、女子は「甘やかすとつけあがるのでけじめ・厳しさが必要」や「子どもは体で覚え(学ば)させることもある」、「スキンシップ・交流の手段として」等で男子よりも上回っており、女子の方が体罰賛成理由に多様性をもっているということだろうか。
 C体罰反対理由
 体罰反対理由を図14をもとに見てみると、全体では、「体罰は子どもの人格・心を傷つける」28.7%で最も多い。次いで、「体罰は暴力の一種であり力のよる強制なので」21.1%「暴力・力に対する是認の心を植え付けてしまう」12.6%等がつづいている。これらの理由以外でも一定数を保っており、多様な反対理由が考えられているようだ。また、「その他」では以下のようなものが挙げられた。「教師の価値観を絶対視させる恐れがあるため」「自分のどこが悪いのか反省しないで終わるため」「教師と子どもが上下関係になり、対等でない」「単なる教師の感情の場合が多い」「体罰がイヤで忘れ物をしなくなるとか宿題をしてくるようになるという効果もあるかもしれないが、そういうのは教育とは違う気がする」「教師には(子どもに体罰をする)そんな権利も資格もない」等。
 男女別では、まず男子の場合「体罰は子どもの人格・心を傷つける」が最も多く27%、次いで「暴力・力に対する是認の心を植え付けてしまう」になるとかなり減少し14.3%、「あくまで言葉で説得することが大切である」12.7%、「体罰は暴力の一種であり力による強制なので」11.9%等がつづく。女子では「体罰は子どもの人格・心を傷つける」29.2%で最も多く、次いで「体罰は暴力の一種であり力による強制なので」23.8%、「暴力・力に対する是認の心を植え付けてしまう」では12.1%に減少する。男女とも体罰を暴力の一種ととらえ批判する傾向があるようだ。
 D学校教育法に関する意見
 a.学校教育法第11条を知っているかどうか
 体罰が学校教育法において禁止されていることを知っているかどうかについて図15-1を見てみると、全体では5割以上(55.2%)が「知っている」と答えている。男女別では、男子の方が「知っている」と答えている割合が多く64.6%、女子では50.6%となっている。これは調査の対象人数の6割以上が女子でり、その半分を占めているのが2年生であることなどとも関係しているように思う。
 学年別ではやはり学年が上がるにつれて「知っている」と答えている割合が増えている。2年生では「知らない」が58.4%でおよそ6割近い。これは、学年が上がるにつれて大学の講義の中で学教法について知る機会が増えるためと思われる。
 b.学校教育法第11条に対する改正意見
 学教法第11条をこれから改正するとしたらどのように改正したらよいと考えるか、という質問に対する答えが、図15-2である。これを見てみると、全体では「このままでよい」72.7%、「改正して体罰を認めるようにする」6.7%、「改正して体罰を一層認めないようにする」20.6%となっている。「このままでよい」と「改正して体罰を一層認めないようにする」を併せて体罰禁止の維持・強化という見方をするとおよそ9割近くになる。
 男女別では、男子で「改正して体罰を認めるようにする」という考え方が比較的多いことは注目すべきではないだろうか。一方女子は、男子とは逆で「改正して体罰を一層認めないようにする」が24.4%と多い。
 学年別で見てみると、学年が下がるにつれて「改正して体罰を認めるようにする」という意見が減少している。
 E体罰に対する将来の予想
 将来教師になった場合どのように対処しようと考えるか、図16を見てみると、全体では、「そのときにならないと何とも言えない」が圧倒的に多く40.7%である。次いで「子どもが生命に危険の及ぶ行動をしたときには体罰もやむを得ないだろう」20.5%、「体罰は絶対行わないだろう」15.9%、「子どもを善導するためには体罰を行うこともあるだろう」15.3%等がつづいている。
 男女別では、男子では「そのときにならないと何とも言えない」34.1%、「子どもが生命に危険の及ぶ行動をしたときには体罰もやむを得ないだろう」22.7%、「子どもを善導するためには体罰を行うこともあるだろう」21.6%等となっている。女子では「そのときにならないと何とも言えない」43.8%、「子どもが生命に危険の及ぶ行動をしたときには体罰もやむを得ないだろう」19.5%、「体罰は絶対行わないだろう」18.4%となっている。「体罰は絶対行わないだろう」と答えたのは、男子では10.8%で女子よりも少ないものの、男女ともに比較的多いと言えるのではないだろうか。
 「その他」に挙げられたものをいくつか書き出してみる。「わかってほしいときには愛情と勇気をもって接します」「本当に心の底から沸いてくる熱意から手を上げてしまったとき、自分でそれを体罰だから・・・と手を下ろせるかどうかわからないが、きっとそのまま殴ってしまうと思う」「よくその子と話し合い、その子の立場に立って対処したいと思う」「人としての道をはずれたとき、必要を感じれば体罰をするだろう」「体罰はしないだろうが、冷たい態度を取ってしまうかもしれない」「多分わたしは生徒を殴れない(殴らないとは違う)」等である。
おわりに
 本来であれば、学校というのは子どもたちの人権が最も尊重され、守られる場ではないだろうか。また、子どもたちも基本的人権について知り、自分の人権を守ると同時に他人の人権を尊重することを学ぶはずである。ところが、いったん校門をくぐると、そこでは教師による子どもの人権侵害が、“体罰”という形で行われている。今回の調査でこのことを実感した。しかも、体罰は学校生活の多面にわたるものであり、些細なことあるいはなぜそんなことに?と思うようなもの(成績不良、問題に答えられないなどは、授業をしていれば当然生じるものではないだろうか)にまで及んでいる。調査に協力してくれた学生の中に、「廊下に立たせたり、校庭を走らせるなどといったことが体罰に入るなら、経験のない人はいないと思う。でも、これは体罰という気がしない。(以下略)」という意見を書いてくれた人がいる。これは体罰があまりに日常的なもので、体罰を受ける側が、体罰に対しいかに鈍感になっているかということを象徴しているとは言えないだろうか。また、こんなことを書いてくれた人もいる。「たたかれることに慣れている子どもの場合、悪いこと=体罰という判断の仕方をしていないような気がする。善悪の判断をする力をどうやって身につけさせるかがこれからの学校及び家庭における教育で重要になってくるだろう。」このように、体罰が日常化し受け手が鈍感になれば、体罰による効果も次第になくなっていくのではないだろうか。
 体罰によって子どもが変わるとしても、それは「手っ取り早く」子どもを変えることであるに過ぎないと思う。体罰に鈍感になってしまえば、「手っ取り早く」さえも侭ならないのではないかと思う。何より児童・生徒を指導していく上で大切なことは、「よくその子と話し合い、その子の立場に立って対処したいと思う」と調査に協力してくれた学生が書いている。そしてまた、斎藤次郎氏の言うように「こらしめるのとは反対に、なぜ子どもが“悪い”ことをしたのか、その理由を探り、そのことで生まれた不都合を教え、また同じような事態に直面したとき、再び同じような誤ちをおかさないようにするにはどうしたらいいか、子どもといっしょに考え、子どもをはげます道もあるでしょう」。  「体罰に関する意見」では「どちらかというと反対」と「ある程度なら賛成」という意見に分かれたが、体罰は行き過ぎてからでは遅いということに気づくべきだと思う。程度問題で処理することではないのではないだろうか。教師自らが考えてみる問題だと思う。 「一人ひとりを主人公に」という教育の基本に立ち返り、学校のあり方を問い直してみる必要があるのではないだろうか。
謝辞)アンケート調査のために授業時間を割いてくださった諸先生方に、深く心からお礼を申し上げます。
参考・引用文献
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8)牧 柾名(1990):体罰と児童生徒の人権,体罰を考える,4~14,図書文化
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