唐突ですが、問題です。
| 四肢麻痺だが、顎のあたりが少し動き、1個か2個の押しボタンスイッチを押すことができる方がいます。施設に入っていて、家族と電子メールの交信を希望しています。どのような方法が可能でしょうか。 |
さまざまな障害者用の入出力装置が開発され、幸い、今日ではインターネットを通じて有用な情報を手に入れることができます。それらは大いに参考になるのですが、では「目の前の問題に対する解決策」を誰かが教えてくれるかというとそうはいきません。
私は技術者で、その立場から、操作方法を考えたり、必要な物を探したり作ったりしてきました。上のケースについては、対象者に身近に接する施設職員と一緒にさまざまな可能性を探りながら、試行錯誤を繰り返し、納得のいく方法を探すことになります。うまくいけば、電子メールはもちろん、さまざまなことを自力で行うことができるようになるかもしれませんが、その保証はありません。これは、潜在的な可能性を掘り当てる作業と言ってもいいと思います。
学校教育でパソコンやインターネットを活用しようとする場合も、状況やアプローチは同じではないでしょうか。
教師や福祉施設の職員や技術者や研究者が集まり、知恵を出し合い、互いに抱える問題の解決を図ろうと、1991年に勉強会を始めました。これが「教育・福祉とエレクトロニクス懇話会」です。西沢勝則氏(青森県総合学校教育センター)、川村泰弘氏(附属養護学校)、久保真一氏(サンアップルホーム)らと共に「呼び掛け人」となり、会を開催してきました。
本稿では、IT社会のすきまを埋める懇話会の10年間の活動を振り返り、私が関わった話題のいくつかを紹介したいと思います。
パソコンのハードウェアもソフトウェアも、電子メールやホームページでのコミュニケーションも、「若い健常者」の利用を想定して発展してきました。それ以外の者がITを活用しようとすると、克服しなければならない問題がたくさん有りますし、若い健常者に現状が完成された形というわけでもありません(図1)。

昨年度全国で実施されたIT講習会は、情報弱者とりわけ元気な高齢者に、若者中心のIT社会に歩み寄ってもらおうとする試みでした。では、歩み寄ることが困難な(あるいは適切でない)子どもや高齢者や障害者にはどのようなコミュニケーションスタイルが考えられるでしょうか。象印マホービンが開発した「みまもりほっとライン」は、ひとり暮らしの高齢者を対象とした新しいコミュニケーションの試みのひとつとみることができます。
障害者の場合は、なんとか健常者と同じことができるようになりたいというのが願いです。とりわけ、就労においてそれが顕著です。この領域はアクセシビリティ指針等の後押しもあり、障害に応じたさまざまな技術開発がなされています。
また、障害者と健常者、高齢者と若者と2分できるものではなく、連続していると考えるのが自然です。自分に合った操作方法をボリュームのようなもので簡単に調整できればいいのですが、まだそのようなものはありません。若い健常者も、携帯電話で話しながら片手でパソコンを使う時などは「一時的な障害者」になるわけですから、ヒューマンインタフェースの改善は多くの人に恩恵をもたらします。
図1を、ITの教育利用に置き換えて見ることもできます。インターネットを活用した効果的な授業の組み立てなど、広義のソフトの蓄積が重要であることは言うまでもありません。しかし、それだけではなく、子どもの学習に適した実世界指向のヒューマンインタフェースや、学校間交流に効果的なコミュニケーションの在り方など、取り組むべき点はたくさんあります。
以上のどれもが、様々な分野の人が知恵を出し合うことによって、少しずつ前進するのではないかと思っています。
教師や福祉施設の職員や技術者や研究者が集まって始めた「教育・福祉とエレクトロニクス懇話会」の参加者は毎回10名前後、当番が持ち回りで話題を提供し、テーブルを囲んで2時間ほど参加者が自由に意見を交わしています。いわゆる研究発表の形式ではありません。可能な場合は学校や福祉施設など当番の勤務先を会場とし、その見学も兼ねています。第1回(1991年9月)から第87回(2002年9月)までの参加者の延人数は学生77名、大学教員(他学部・他大学を含む)215名、附属学校教員261名、公私立学校教員(含教育委員会)249名、その他366名、計1168名でした。
懇話会の趣旨やこれまで紹介された話題など、詳しくは下記をご覧ください。
「懇話会」の名前は西沢勝則氏(当時附属養護学校)が考えたもので、この会の雰囲気をよく表しています。高橋信進氏(当時青森県情報処理教育センター)は、この会を「インキュベーター」と評しました。参加者の共通の思いを言葉にするとすれば、おそらくこうでしょう。
| みんなで知恵を出しあって何とかしよう。私達が必要としているものは日本全国、世界中でも等しく必要なはずだ。 |
話題提供の当番はメンバーの持ち回りが原則です。しかし、そう度々新しい取り組みを紹介できるものではありません。会に新鮮な空気を吹きこんでくれたのは、多彩なゲストの方々です。飯塚潤一氏(富士通)や小澤邦昭氏(日立製作所)や五味隆志氏(AAIジャパン)には、この分野における企業での先駆的な取り組みを紹介していただきました。太田茂氏(川崎医療福祉大学)、石川准氏(静岡県立大学)、青山彦聖氏(筑波技術短期大学)、佐々木正晴氏(弘前学院大学)らには、それぞれ研究の一端をわかりやすく紹介していただきました。井上英子氏(盲人職能開発センター)には視覚障害の研修生のみなさんと一緒においでいただき、職能研修の成果を発表していただきました。安藤房治氏(弘前大学)をはじめ、複数の方々に海外の動向を紹介していただきました。ここに名前を挙げなかった方々をも含め、私達に新鮮な刺激を与えてくれたことに改めて感謝致します。
以下、懇話会での話題の中から、私が関わった取り組みのいくつかを簡単に紹介したいと思います。さまざまな人と関わりながら問題を解決する取り組みの一端を感じとっていただければ幸いです。
| 第1回 (91.9.5) | 「障害者用ソフトパック」について | 障害者用のフリーソフトを集め、1989年から行っている郵送によるディスクコピーサービスについての紹介。山本泰範氏(北海道)、坂爪新一氏(当時東北大学)、増田尚美氏(当時アスキー)、井上英子氏(盲人職能開発センター)、永戸久雄氏(千葉市)、岡田俊一氏(当時須磨友が丘高校)、福祉システム研究会川崎支部の協力があって実現したもので、インターネット普及前の流通手段として利用されました。 http://siva.cc.hirosaki-u.ac.jp/usr/koyama/softpack/ |
| 第22回 (93.7.8) | 養護学校におけるコンピュータネットワークの活用 | 1993年に試験稼動したレーザ接続装置による教育学部と附属養護学校を結ぶLANシステムの紹介。西沢勝則氏(当時附属養護学校)、川村泰弘氏(附属養護学校)らと共に、特殊教育における電子メールの利用や教材ファイルの共有と公開など、実践的な研究を行いました。 ftp://buddha.fed.hirosaki-u.ac.jp/pub/fuyo/ |
| 第56回 (98.2.5) | JavaScriptを用いた教材ページの作成 | クイズWebページを作成するために開発したライブラリソフトと、天内純一氏(当時附属小学校)と共に作成した「歴史クイズ」の紹介。後に視覚障害者や肢体不自由者が利用できるように拡張しました。 http://siva.cc.hirosaki-u.ac.jp/usr/koyama/mmilib/rekishi/ |
| 第61回 (98.9.3) | 予測機構を組み込んだ行列スキャン入力方式 | 1個のスイッチで操作するコミュニケーションエイド「ちょすか」の紹介。福士ミツエさん(山郷館)は、1997年秋からほぼ毎日欠かすことなく、手紙や俳句などをつづるのに利用しています。久保真一氏(サンアップルホーム)が製作したタッチスイッチ装置を、河原優美子氏(山郷館)が利用者が操作しやすいように(加えて職員が誰でも準備しやすいように)実装しました。 http://siva.cc.hirosaki-u.ac.jp/usr/koyama/softpack/chosca/ |
| 第65回 (99.2.18) | ドラッグ&ドロップを使ったWeb教材の開発方法に関する研究 | Webページでドラッグ\&ドロップ操作を可能にするライブラリソフトと、渡邊真希(学生)と共に作成したWeb教材「おかいもの」の紹介。 http://siva.cc.hirosaki-u.ac.jp/usr/koyama/dragable/kaimono.htm |
| 第79回 (01.3.1) | ワンチップマイコンで作る福祉機器:「なんでもリモコン」 | 1個のスイッチで操作する汎用リモコンの紹介。下山康子氏(岩木病院)や河原優美子氏(山郷館)らが利用者に応じた実装を工夫し、現在10数名に利用されています。 http://siva.cc.hirosaki-u.ac.jp/usr/koyama/product/nandemo.htm |
| 第83回 (01.11.8) | Web教材「成長の記録」について | 森菜穂子氏(弘前市立新和中学校・弘大院)と共に作成した保健室で用いるWeb教材「成長の記録」の紹介。小学校入学時から中学校卒業時までの身長と体重のデータを入力し、成長の記録のグラフを印刷して卒業時に生徒に渡せるようにと作ったのですが、中学校の保健の授業でも利用しました。 http://siva.cc.hirosaki-u.ac.jp/usr/koyama/seicho/ |
| 第84回 (02.2.9) | 実物移動で入力するWeb教材に関する研究 | 工藤真純(学生)と共に作成した実物移動で入力するWeb教材「ゴミ分別」の紹介。仮想世界で閉じてしまいがちなパソコン教材を実世界と結びつける試みです。 http://siva.cc.hirosaki-u.ac.jp/usr/koyama/able/ |
| 第84回 (02.2.9) | 筋ジストロフィー患者の意志の伝達に有効なシステムに関する検討 | 隣接する筋ジストロフィー病棟で生活する兄弟のコミュニケーション支援にNetMeetingを用いた試みの紹介。操作を自動化できない機能があったり、その他にも課題がまだたくさんありますが、下山庸子氏(岩木病院)、久保真一氏(サンアップルホーム)と共に引き続き取り組んでいます。 http://siva.cc.hirosaki-u.ac.jp/usr/koyama/den/ |
10年ほど前、ある中学校の先生に「あなたは私が授業で使うプログラムを作ってくれるのか。でも使い物にはならないだろうね」というようなことを言われたことがあります。この言葉は示唆に富んでいます。新しい可能性を模索する時には、作る人と使う人の分業ではうまくいきませんし、一緒に取り組む場合には、主導権がどちらかに偏らないような配慮も重要です。この先生の言葉は、私にとって暖かい戒めとなっています。
懇話会が契機となり、青森県では平成7年度から工業高校と盲聾養護学校が連携したものづくり教育が行われています。昨今は組織の合理化や制度改革により、施設職員は個別の対応に手を割く余裕が失われ、教師や研究者はますます多忙になっています。このように大変厳しい状況ではありますが、異なる分野の者が手探りで取り組む新しい草の根の活動がもっともっと生まれて欲しいと思っています。